「雀の救出」お便り紹介




皆様からのお便りを、一部御紹介

以下、御本人様に御許可を頂き、
お寄せ頂いた順に掲載させて頂いております。

 初めて御便り差し上げます、神奈川県に住むMと申します。
雀の救出記事を読ませていただきました。
とても感動・・・というより、様々に思いを巡らせてしまいました。
現在体力が落ちた生後3週間の仔猫を保護しています。
今週水曜日に保護しましたが、雨の中を泥まみれのびしょ濡れで風邪を引いている状態でした。
夫婦共働きのアパート暮らしで、里親になってくださる方を探そうと考えておりました。
保護してすぐに保護活動を行なっている病院へお願いに出向いてみましたが、はかばかしい状況ではありませんでした。
帰宅後様々な情報をネットを通じて調べてみました。
そこでプラーナさまのホームページへたどり着いたのですが、雀の救出劇は、私にとって、今ひざの上で寝ている仔猫の行く末を考える一つの戒めになりました。
たくさんの人々が、たった1羽の雀のために、それこそ労を厭わず懸命に動く姿は、本当に心を打つものがありました。

 アパート暮らしで共働き・・・
確かにそれは、仔猫を引き受けられない状況だと簡単に判断が出来てしまう事実でした。

プラーナさまのホームページを初めとする、動物愛護のサイトを見るまでは・・・
でも、一度この仔猫に手を差し伸べたのは、私たち夫婦です。

 最初、弱っている、それもとても小さな身体なのに、助けようとする私をこの子は威嚇しました。
小さな野に放たれた命の、精一杯の主張でしょう。
それが、我が家に保護されて4日経ちましたが、徐々に私たち夫婦という「人間」に慣れ、母恋しさもあるのでしょうが、信頼してくれているような様子を見せ、いつも私の傍から離れようとしません。
そうしたこの子とどうしたら共に暮らすことが出来るのかを考える責任が、私たち夫婦にはあるように思えてなりません。
そのように気持ちが変わって来ているのです。

 病院の里親制度を、迷い猫や捨てられた猫たちを、安易に病院へと運び、そこで自分たちが手を出した保護という行為をさらに安易に代行してくれるシステムだと勘違いしていた私たちの甘さ。
今回里親制度を利用させてもらうよう、登録を済ませた病院のシステムは、1ヶ月という期限付きで預かってはくれるものの、体重が450g程度しかないためワクチン投与もまだまだ先で、それが済まない内は里親室には入れるわけには行かないこと。
そして里親制度の利用を待っている「順番待ち」の方たちがたくさんたくさんいらしゃること。
そこをクリアしたとしても、1ヶ月の期限で里親室に他の猫ちゃんたちと入り、里親が見つからない場合は我が家に戻ってくるというというものです。

 その流れを人間の都合ではなく、仔猫のこととして考えたとき、すぐに思い当たる言葉は「たらいまわし」です。
そうしたたらいまわしをされ、我が家に戻って来た際に、この子は人を信じることなど出来るだろうか?
貴サイトの雀救出劇から、そんな様々なことを考えさせられてしまいました。
元々野生の雀は、無事閉じ込められた場所から救出され、元の野生の生活に戻ることが出来るでしょう。
でも、この仔猫は一度人に懐き、人を信頼するということを教えられ、それをまた私たちの都合で、あちらへこちらへと環境を変えることを強いられるわけです。
一時の感情で動物保護など出来るわけがないのに手を出したことは、私たち夫婦の「エゴ」だということも、嫌でも気付かなくてはならないことでした。
保護した当初、「里親が見つかるまでは責任を持って保護するし、ワクチン投与等のかかる費用も全て持つ」ということで、主人も私も納得していましたし、それこそ自分たちを「良い人」に感じて自己満足に浸っていたと認めざるをえません。

 小さな小さな命でも人の命と同じ命だということを、こんなにも深く重く考える機会が与えられるとは思ってもみなかった。
たまたまアパートの敷地内に小さな仔猫が兄弟でいた。
その小さい弱った方の1匹だけが取り残されて、このままだったら死ぬだろうと感じた。

だから病院へ運んだ。

 でも、そこから先は私たち夫婦とこの仔猫との「関係」の始まりです。
そういったことを貴サイトを通じで気付かせていただきました。
正直言って、まだ性根をすえての決心はついていません。
でもせめて、病院の里親室を経由するのではなく、私たち夫婦の知り合いで直接面倒を見てくれる人を探せないか?
もっと理想を言えば、何とかこの子と共に暮らす方法はないか?
極力この子にストレスが少なくて住む方法を何か方法を考えよう、知恵を絞ろうという前向きな気持ちに変わってきていることだけは事実です。

『人間ではなく、ましてや野生の手のひらにすっぽりと納まるほど小さな雀なんかの命なんて、と、思われる人もいるかも知れません。
だけれども、今回大勢の大人が真剣に助けようとしているのです。
それは、「かわいそう」だから。
ただ、単純に「かわいそう」と思えたから。
そこに、外観(体)の大きい小さいは関係ありませんでした。
目の前で消えかけている命を、多くの人たちが真剣に力を合わせて救おうとしていることは、決して無駄なことではないと思うのです。』

 この文章を、雀の救出の項目で読ませていただいて、私たち夫婦がこの仔猫に取った行動も「かわいそうだから」だったと思います。
ここからは、私たちがどのようにこの仔猫との関係の「責任」を取るかということになっていくのでしょう。
一時の感情に流されることなく、まずこの仔猫にとって幸せといえる方法を模索してみようと思います。
そうしたことを私に考えさせてくださった貴サイトに心より感謝申し上げたく、メールを送らせていただきました。

ありがとうございます。


はじめまして、こんにちわ。

大阪在住のKと申します。


小さな命の為にたくさんの人が力を合わせられるんですね。感動です!!
世間では異常なニュースばかり、こんなご時世に嫌気がさしていましたが
世の中捨てたものじゃない、って思えこんな私でも何か出来るんじゃないかしら?
と自信と勇気をいただけました。
皆さんありがとうございました。
このお話のようなことが、美談としてではなく当たり前の世の中になることを願ってやみません。

皆さんに雀の恩返しがあるかもしれませんね。(笑)




お便りをお寄せ頂きました皆様、
本当にありがとうございました。

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